8月15日。

『38歳、男性、独身』を読んだ。

 Amazonで注文したんだけど、ツイートがバズったからなのか何なのかAmazonの発送が遅れていたので、本屋で買ってAmazonをキャンセルした。いやどんだけ早く読みたいねん。本屋の端末で検索して見つけたんだけど、いつもメンタルがおしまいになった時に見てる棚のあたりにあったので、本当に偶然出会わなくてよかったと思った。運命に打たれて取り返しのつかないことになってるところだった。

 

本を開いてまず著者のプロフィールを確認したら、同い年でしかも誕生日が誤差一週間以内だったので本当に震えた。自分とほぼ同時に生まれて、同じ性別で、同じように独身。そんな人が主に自分の人生について書いた本を読むというのは、今まで経験したことがない不思議な体験だった。

 

まず驚いたのは、触れているコンテンツが似ていることだった。例えば、『365日のシンプルライフ』というドキュメンタリー。

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彼女に振られた男が、自分の持ち物をぜんぶ倉庫に預けて、1日ひとつずつ取り出すという話なんだけど、このドキュメンタリーを見て、物を捨てはじめ、ミニマリストになりかけた、というエピソードが書いてあった。これがまさに自分もそうで、『365日のシンプルライフ』をたまたまテレビで見て、めちゃくちゃよかったのでDVDまで買った。その後ミニマリストまではいかなかったけど、やはり同じようにめちゃくちゃ断捨離した。決してメジャーな作品ではないと思うんだけど、マジで自分と同じことをしていたので噓でしょ、と思った。

 

そしてもう一つは、オードリー若林の文庫本『表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬』の話。自分もこの本にはかなり影響を受けて、その後にオードリー若林ブームが起こったぐらいなので、さすがにこのタイトルを見た時にはちょっと気持ちの整理が必要だったので、一旦本を閉じて気持ちを落ち着かせた。おいおいマジかよ、と思いつつ、さらにその後を読んだら、「なんで結婚したいのか?」の答えをその本に見つけた、みたいなことが書いてあったんだけど、マジで自分もその本を読んだ後インスタのストーリーに「なんで若林が急に結婚したのかわからなかったけど、それがわかったのでよかった」みたいなことを書いたので、本当にこんなことあるのかよというレベルで衝撃だった。ちなみにその答えは「結婚がしたいわけじゃなくて、誰かと共同生活をしたかった」なんだけど、僕はゆらねちゃんと共同生活がしたいです。

 

この本自体が、著者の生活や考えていることを公開することで、同じ世代の同じ悩みを持つ人に「あなたは一人じゃないんだよ」みたいなことを伝える目的で書かれたと思うんだけど、いくらなんでも共通項が多過ぎて、マジで自分みたいな人生は同世代のある特有のカテゴリーに所属している人間にとってはテンプレみたいなものなんだなと思った。それこそ若林とかは自分よりちょっとだけ年上で、ロールモデルみたいに考えてたんだけど、きっとこの本の著者もそうで、生き方のヒントみたいなものを若林の本から得ようとしてたんだと思う。この前ちょっと読んだ光浦さんのエッセイとかも含めて、今まで読んできたエッセイとかは言っても年上が多かったから、どこか自分とは違う世界の人だという気持ちで読んでたけど、同世代というかほぼ同時に生まれた人間の書いたエッセイを読むとここまで共感性が高いのかというのは本当に驚きだった。

 

とはいいつつも、ここは自分とは違うなというのがいくつかあったので、そこについて書きます。

 

ひとつは、友達のこと。「大人になったら友達ができない」って書いてあって、これは本当によく聞くし、若林の本にも同じことが書いてあった。そしてこの言説を聞くたびに思うんだけど、オタクはマジで大人になってから友達ができる。オタクやっててよかったことなんて死ぬほどあるけど、その中でも友達ができるっていうのはかなり上位だと思う。自分はこれまで何度か通う現場を変えてるけど、変えるたびに友達が増えてる。しかもオタクは現場があると定期的に絶対会うから、このシステムがめちゃくちゃ優れてる。特に自分から誘ったりすることが苦手な自分みたいな人間は、最初から場が用意されているのは本当に有難い。だから、大人になってから友達が欲しい人は、地下アイドルのオタクになるのが良いと思います(ただ結婚はできないかもしれない)。

 

もうひとつは、実家のこと。著者は山形出身で、上京を経験しているという意味ではそこも自分と一緒なんだけど、なるべく実家には帰りたくない、というようなことが書いてあった。けど自分は真逆で、僕はめちゃくちゃ実家に帰りたい。何ならゆらねちゃんに会う予定がなかったら、仕事もリモートなので実家の近くに住もうかなというレベルで実家に帰りたい。この話はオタクにするし、年末年始とか帰省の時期になると会社の人にもよく聞かれたりしてたんだけど、そのたびに結構驚かれる。本には親とはもう価値観があわなくなったから気まずい的なことを書いてたんだけど、自分は母親と二人で叙々苑に行くような人間なので、まるで違うなと思った。弟は既婚、子供二人、マイホーム購入という絵にかいたような真っ当な人生を歩んでいるので、自分と母親二人とか、父親と三人でとかご飯行ったことあるんだけど、そこで弟に対する引け目みたいなものを全く感じてないのも、実家が平気な理由なのかもしれない。親も結婚しないの?みたいなのをこっちが気にするほどは言ってこないし。たまに言われてインターネットに面白ツイートをするぐらいです(ちょっとは気にして)。

 

地方出身者コンプレックスみたいなことも書いてあったんだけど、これも自分は全くない。確かに新卒で会社入った時に、同期で関西出身が何人かいて仲良かったんだけど、そのうちの一人が「上京したからには東京で一発当てて故郷に錦を飾りたい」的なことを言ってて、マジで自分にそういう気持ちがなかったので、すごい驚いた記憶がある。これは就職する時に、自分は当たり前のように東京で就職することを選んだことも関係ある気がしている。「ワシは上京するんや!」みたいな覚悟も特になく、ぬるっと東京に来たので、上京したという自覚が薄いのかもしれない。

 

あと最後はお金のことなんだけど、「もうある程度稼げるようになったし、特に贅沢したこともない」みたいなことが書いてあったんだけど、これも真逆だなと思った。「独身貴族」という言葉について「客単価5桁のレストランでのデートや、デザイナーズマンションや時計や車などのわかりやすい消費。もしくはカメラやアウトドア等のお金がかかる趣味や外食に湯水のようにお金を使える、節約とは無縁の日々」って書いてあったんだけど、それを読みながら「客単価5桁のレストランでのデート(デートじゃないけどこの前の焼肉5桁だった)や、デザイナーズマンション(ゴリゴリのデザイナーズじゃないけど不動産サイトにはそう書いてある)や時計(225万のやつがほしい)や車などのわかりやすい消費。もしくはカメラやアウトドア等のお金がかかる趣味や外食に湯水のようにお金を使える(今まさにカメラに湯水の如くお金を使おうとしている)、節約とは無縁の日々」って思って、自分めちゃくちゃ独身貴族やんけ!という気付きがあった。でもこれはもう中学生の時に既に「自分はお金を使うタイプの人生だ」という自覚があって、弟が特に欲しいものなくてお年玉を貯金してた時に、自分はラクリマクリスティーの2万する廃盤CDを東京の店の通販で買うようなことをしていた。ただ前書いた通り、ある程度自分が目標としてたレベルには稼げるようになったので、この状態を維持できるようにがんばって働こうと思います。

 

他にも読んでたら自分と比べて気が付いたことがたくさんあったんだけど、とりあえずこの辺にしておきます。この本を読んで、本を読むという行為は、著者と自分との差分を顕在化させることによって、自分を知ることなんだな、ということを、このブログでつらつら自分語りをして改めて強く思いました。また人生に悩んだらいつか読み返そうと思います。あと若林のエッセイも。